《書(shū)畫(huà)釋疑》連載之八·畫(huà)人善太極 筆法必內(nèi)涵
文/盛欣夫
畫(huà)人善太極,筆法必內(nèi)涵。畫(huà)人明陰陽(yáng),墨法即空靈。
畫(huà)人如哲人,章法趨天成。
書(shū)畫(huà)功夫,除了筆墨,還須字外之功。文學(xué)、哲學(xué)、物理、自然、史地、武術(shù)等等,皆與藝術(shù)相關(guān)聯(lián)。既然關(guān)聯(lián),就須聯(lián)通。比如武術(shù),比如太極拳中一招一式,行云流水,與書(shū)法中運(yùn)筆書(shū)寫(xiě),徐緩起伏,異曲同工。字外功的加深,必然會(huì)豐富到你的筆墨線條,直到字里行間。
筆墨手札之十八。戊子撰,庚子小草生月魚(yú)公盛欣夫并記。
【日語(yǔ)譯文】
畫(huà)人、太極を善くすれば、筆法に必ず內(nèi)包があり。畫(huà)人、陰陽(yáng)に明るければ、墨法すなわち空霊。
畫(huà)人、哲人の如くあれば、章法は天成に向かう。
書(shū)畫(huà)の技量は、筆墨以外、また文字以外の努力が必要で、文學(xué)、哲學(xué)、物理、自然、歴史、武術(shù)などが蕓術(shù)と関連している。関連している以上、つなげなければならない。たとえば武術(shù)或は太極拳の一蕓一式は行雲(yún)流水のように、書(shū)法の中で筆を運(yùn)んで書(shū)き、ゆるやかに起伏することもこれに通じ、同工異曲である。文字以外の工夫が深まれば、筆墨の線は必ず豊かになる。
筆墨自書(shū)の十八。戊子撰、庚子小草生月魚(yú)公盛欣夫記す。
用筆關(guān)鍵進(jìn)門(mén)時(shí)。
俗話說(shuō):“從小看大,三歲致老?!闭f(shuō)的是幼時(shí)或初學(xué)時(shí)形成習(xí)慣,就會(huì)影響一生。學(xué)書(shū)更甚。初學(xué)時(shí)的姿勢(shì)、規(guī)范一旦成形,就成為習(xí)慣。所以老師必須嚴(yán)格,選好字帖,規(guī)范姿態(tài),因材施教,區(qū)別對(duì)待。身正筆正,全身放松。恭敬臨帖,不打折扣。寧慢勿快,寧少勿多。力爭(zhēng)形似,再求神似。
筆墨手札之十九。庚子稻月魚(yú)公并記。
【日語(yǔ)譯文】
字を習(xí)うポイントは筆を用いること、
用筆は入門(mén)時(shí)が肝要。
「従小看大、三歳致老」(小さい頃からの習(xí)慣は、老いてからに影響を與える)幼い時(shí)や初めて學(xué)んだ時(shí)にできた習(xí)慣が、一生に影響を與えるということだ。書(shū)法の學(xué)習(xí)ではそれが更に顕著である。初學(xué)時(shí)の姿勢(shì)、規(guī)範(fàn)が形を成すと、習(xí)慣になる。そのため、先生は厳しくしなければならない。手本を厳しく選び、姿勢(shì)を規(guī)範(fàn)化すべきである。役に応じて教え、體と筆はまっすぐにし、全身はリラックスさせる。丁寧に文字を?qū)懁贰⒓肖筏迫·杲Mむ。ゆっくりでもかまわないが、決して急いではならないが、少なくてもかまわない。決して欲張ってはならない。形の似ることを目ざし、それから更に精神が似るように努力をする。
筆墨自書(shū)の十九。庚子稲月魚(yú)公記す。
指腕同轉(zhuǎn),臂肘連運(yùn)。
轉(zhuǎn)捻圓融,中側(cè)兼用。
起承轉(zhuǎn)合,若離若即。
有血有肉,骨氣生動(dòng)。
五指執(zhí)筆,依然實(shí)用。唐人盧攜①在《臨池訣》中就已提及。宋人姜夔②在《續(xù)書(shū)譜》中也說(shuō):“不可以指運(yùn)筆,當(dāng)以腕運(yùn)筆。執(zhí)之在手,手不主運(yùn),運(yùn)之在腕,腕不主執(zhí)?!被蚩蓤?zhí)、運(yùn)同動(dòng),所有關(guān)節(jié)連動(dòng),所有肌肉松弛。大小字皆隨心轉(zhuǎn),書(shū)一筆而牽動(dòng)全身。從放松再到忘懷,必能進(jìn)入境界。
筆墨手札之廿。戊子撰,庚子桃月魚(yú)公盛欣夫并記。
①盧攜(?—881),字子升,范陽(yáng)(今河北涿州)人。
②姜夔(約 1155—1209),字堯章,號(hào)白石道人,饒州鄱陽(yáng)(今屬江西)人。南宋詞人。
【日語(yǔ)譯文】
指と手首を同時(shí)に回転させ、腕と肘を連攜させる。
滑らかに回転させ、中と側(cè)を共に用いる。
起承転結(jié)が、離れるかのようで繋がっている。
血も肉もあり、風(fēng)骨が生き生きとする。
五指で執(zhí)筆するのが依然として実用的である。唐の盧攜は『臨池訣』の中ですでに言及している。宋の姜夔も、『続書(shū)譜』で、「不可以指運(yùn)筆、當(dāng)以腕運(yùn)筆。執(zhí)之在手、手不主運(yùn)、運(yùn)之在腕、腕不主執(zhí)?!梗üPを指だけで動(dòng)かしてはならない。手首で筆を動(dòng)かす。手で筆を握って、手首より動(dòng)かす。手が執(zhí)筆を、手首が運(yùn)筆と分擔(dān)する)と言っている。あるいは執(zhí)筆と運(yùn)筆を同時(shí)に動(dòng)かして、すべての関節(jié)を連動(dòng)させ、すべての筋肉を緩ませる。大小の字を全て思いのままに書(shū)き、一筆に全身が関わる。リラックスし、忘我に至れば、必ずある境地に入ることができる。
筆墨自書(shū)の二十。戊子撰、庚子桃月魚(yú)公盛欣夫記す。
身正肘平,指實(shí)掌虛。
肌肉放松,力輸毫端。
輕握不執(zhí)死,靈動(dòng)自然狀。心肌全放松,神情出毫端?!盎騿?wèn)書(shū)法之妙,何得其古人,曰妙在執(zhí)筆,令其圓暢,勿使拘攣?!保ㄌ撇滔>C①《法書(shū)論》)虞世南②在《筆髓論》中也有告誡:“用筆須手腕輕虛。……太緩而無(wú)筋,太急而無(wú)骨?!边@些皆可謂箴言。然亦因人而異,起碼程度不盡一致,就其合適可也。
筆墨手札之廿一。庚子嘉月魚(yú)公盛欣夫。
①蔡希綜(生卒年不詳),潤(rùn)州曲阿(今江蘇丹陽(yáng))人。唐書(shū)法家。
②虞世南(558—638),字伯施,越州余姚(今屬浙江)人。唐書(shū)法家。
【日語(yǔ)譯文】
身を正し、肘を平らかにして、指をしっかりと手
のひらを空虛にして握る。
筋肉の力を抜き、力を筆先に伝える。
筆を軽く握る。きつくは握らず、柔軟で自然な狀態(tài)である。心筋をすべてリラックスさせると、筆先に己の心境が現(xiàn)れる。「或問(wèn)書(shū)法之妙、何得其古人、曰妙在執(zhí)筆、令其円暢、勿使拘攣」(書(shū)法の妙は、如何にすれば古人のようにできるか。妙は執(zhí)筆、筆の運(yùn)び、筆先の回転を円滑にし、リラックスし自然にすることであるという(唐蔡希綜『法書(shū)論』)。虞世南は『筆髄論』で、「用筆須手腕輕虛、太緩而無(wú)筋、太急而無(wú)骨?!梗▓?zhí)筆は固く握らず、腕の筋肉を緩めてしっかり握る。スピードは均等に、速くもなければ遅くもない。遅すぎると力が弱くて、速過(guò)ぎると風(fēng)骨が足りなくなる)と戒めた。これらはいずれも箴言であると言える。ただし人によって違うところもあり、ある程度は異なるので、自分にふさわしければよい。
筆墨自書(shū)の二十一。庚子嘉月魚(yú)公盛欣夫。

盛欣夫,字甫之,號(hào)魚(yú)公。堂號(hào)盛莊、夢(mèng)齋、惕廬、子魚(yú)堂。1949年1月(戊子除夕)生于浙江桐鄉(xiāng)(崇德)盛家木橋。書(shū)壇名宿鄒夢(mèng)禪弟子,國(guó)家一級(jí)美術(shù)師。中國(guó)書(shū)法家協(xié)會(huì)會(huì)員,當(dāng)代作家聯(lián)會(huì)理事,中國(guó)武術(shù)協(xié)會(huì)會(huì)員,浙江當(dāng)代中國(guó)畫(huà)研究院副院長(zhǎng),寧波財(cái)經(jīng)學(xué)院教授,寧波大學(xué)客座教授,政協(xié)海曙區(qū)第二、三、四屆專(zhuān)家型特聘委員,海曙書(shū)畫(huà)院副院長(zhǎng),中國(guó)漁業(yè)協(xié)會(huì)漁文化分會(huì)理事,寧波漁文化促進(jìn)會(huì)藝術(shù)中心副主任,桐鄉(xiāng)市書(shū)法家協(xié)會(huì)名譽(yù)主席,景德鎮(zhèn)魚(yú)畫(huà)陶瓷研究院名譽(yù)院長(zhǎng),魚(yú)公書(shū)院院長(zhǎng)。
數(shù)十年躬讀老莊,用心晉唐,意會(huì)晚明,深研楚簡(jiǎn),獨(dú)鐘簡(jiǎn)草,書(shū)畫(huà)自己。或書(shū),或畫(huà),或文,或陶瓷繪,其實(shí)只為書(shū)畫(huà)一件事,人生七成在筆墨。如是走來(lái),樂(lè)在其中。曾獲"中國(guó)書(shū)法百杰"稱(chēng)號(hào)、第二屆中國(guó)書(shū)法蘭亭獎(jiǎng)?教育提名獎(jiǎng)、嘉興市人民政府藝術(shù)教育成果獎(jiǎng)。魚(yú)瓷作品與魚(yú)類(lèi)繪畫(huà)雙獲農(nóng)業(yè)部、中國(guó)漁業(yè)協(xié)會(huì)金獎(jiǎng)。2019年,書(shū)畫(huà)六件(組)入藏浙江省博物館等。
主要著作有《甫之識(shí)聯(lián)》《魚(yú)譜》《魚(yú)瓷》《國(guó)畫(huà)蔬果魚(yú)類(lèi)技法叢譜》《行草十八要旨》《盛莊藝文)(獨(dú)寫(xiě)人生》(書(shū)寫(xiě)入心》《魚(yú)公書(shū)畫(huà)集叢》等30余種。
格言:順其自然 必有自我
盛欣夫、字は甫之、號(hào)は魚(yú)公。堂號(hào)は盛莊、夢(mèng)斎、惕廬、子魚(yú)堂。1949年1月(舊曆戊子年の大晦日) に浙江桐郷(崇徳) の盛家木橋に生まれた。書(shū)壇の名人でめり権威であった鄒夢(mèng)禪の弟子で、國(guó)家一級(jí)美術(shù)師である。中國(guó)書(shū)法家協(xié)會(huì)會(huì)員、當(dāng)代作家聊誼會(huì)理事、中國(guó)武術(shù)協(xié)會(huì)會(huì)員、浙江當(dāng)代中國(guó)畫(huà)研究院副院長(zhǎng)、寧波財(cái)経學(xué)院教授、寧波大學(xué)客員教授、政協(xié)海曙區(qū)第二、三、四期専家型特任委員、海曙書(shū)畫(huà)院副院長(zhǎng)、中國(guó)漁業(yè)協(xié)會(huì)漁文化分會(huì)理事、寧波漁文化促進(jìn)會(huì)蕓術(shù)センター副主任、桐郷市書(shū)道家協(xié)會(huì)名譽(yù)主席、景徳鎮(zhèn)の魚(yú)の絵の陶磁器研究院名譽(yù)院長(zhǎng)、魚(yú)公書(shū)院の院長(zhǎng)です。
數(shù)十年にわたり老莊をひたすらに読み、晉唐の文化を體得し、明末の文化を理解し、楚簡(jiǎn)(竹簡(jiǎn))の研究に動(dòng)しみ、草書(shū)を?qū)煠椁?、自身を?shū)畫(huà)で表現(xiàn)してきた。書(shū)、畫(huà)、文、陶磁器の絵をのすが、ただ書(shū)畫(huà)に心をこめ、筆と墨の人生を歩んできたが、楽しさはその中にあった。かつて、「中國(guó)書(shū)法百傑」の稱(chēng)號(hào)を與えられ、第二回中國(guó)書(shū)法蘭亭賞·教育賞にノミネートされた。魚(yú)の陶磁器作品と魚(yú)類(lèi)の絵畫(huà)がいずれも農(nóng)業(yè)部、中國(guó)漁業(yè)協(xié)會(huì)の金賞、嘉興市人民政府蕓術(shù)教育成果賞を受賞。2019年、書(shū)と絵六點(diǎn)(組)が浙江省博物館などに所蔵品として収められた。
主な著作には、『甫之識(shí)聯(lián)』『魚(yú)譜』『魚(yú)磁』『國(guó)畫(huà)野菜·魚(yú)類(lèi)技法羲譜』『行草十八要旨』『盛莊蕓文』『獨(dú)寫(xiě)人生』『書(shū)寫(xiě)入心』『魚(yú)公書(shū)畫(huà)集羲』等30余種がある。
格言:自然に従えば、必ず自我有い。